79歳の奮闘見守って
様々な課題描く舞台としての「団地」
――古い団地を舞台としたのはなぜでしょうか。
一橋桐子シリーズは老人問題をテーマにしています。家、病気、年金など多彩な課題を取り上げる舞台として、今回は団地がいいと思いました。団地の老朽化と住民の老いは切っても切り離せない。団地の管理人に会ったり本を読んだり、先日は宮崎県椎葉村に行き取材もしました。いずれ物語に登場させたいと思っています。――なぜ老人をテーマにするのでしょう。
自分が50代となり友達や仕事仲間から、退職後どうするかや、親御さんの話を聞く機会が増えました。ある作家さんは「小説は、まだ見ぬ土地を歩くようなもの」とおっしゃっています。自分自身も近未来を知りたい、調べて疑似体験をしておきたいという気持ちがあります。少し怖いですけど(笑)。――東京近郊の話ですが農村と共通する部分はありますか。
椎葉村を訪ねた時に、皆さん副業していたのが印象的でした。70代のおばあちゃんが豆腐店を営みながら裏山でシイタケを栽培し直売もしている。高齢者が年金を受け取りながら漬物作りなどで体を動かし、若い人は消防団や神楽に参加しています。逆に都会は、一つの仕事を終えたら定年後は何をしようかと迷っている。最近都会でも副業が増えており、いずれは農村部のようなさまざまな働き方になるのではと思っています。
――女性を主人公にしたのはなぜですか。
女性の方が元気じゃないですか(笑)。細やかな配慮もあり、女性を主人公にするのは自然の成り行きでした。決して器用ではないけれど、伝わる気持ちを大切に描きたいです。――登場人物は高齢独身者やシングルマザーなどさまざまですが、日本の家族の形も変わっていくのでしょうか。
今回の団地にはいろいろな人が入り、疑似家族が広がっていきます。実際に都会では、独居老人向けアパート経営が成功しています。一方で、家族の形は変わらないかもしれません。一緒に住むことが経済的にお得、と考える人も増えていますから。考えたい「食」のこれから
――小説の中では食のシーンが印象的で、食がテーマの本もたくさん出されていますね。
20代の時は食の仕事をしたいと思っていました。料理研究家になるには毎日新メニューを考えなければいけないのですが、作れない。好きと才能は別でした。それでも食がずっと好きだったので、9年前に「三人屋」という本を出しました。一つの店で三姉妹が朝、昼、夜、それぞれ違う料理を出す物語です。その後一気に食が注目され、今や若者に人気のライトノベル売り場は一面、食の本です。
――食はこれからどう変わるとみていますか。
米食への揺り戻しがあると思います。一汁一菜が注目され、簡素な暮らしを志向する人が増えています。パンは1000円で2、3個しか買えないけど、米は2キロも買える。発酵食やたんぱく質も取れる和食は、質が高くて安価で楽しい。その良さに多くの人が気付き始めています。私は具だくさんみそ汁をよく作るんですよ。鍋にいっぱい作って余りを冷蔵庫へ入れ、また出して温め直して……。これにご飯と、買ってきた唐揚げでも付ければ、栄養十分な食事が簡単にできます。お勧めです。
――これまで農業との接点はありましたか。
夫の転勤で北海道の帯広に3年間住んでいました。大規模に「メークイン」や小麦、ソバを栽培して雇用もする。農家はちょっとした工場のようで、こんな農業もあるのかと驚きました。シンガポールに住んだこともあります。東京23区と同じ広さで、食料の9割超が輸入という国。高品質の日本産ほか中国、韓国、マレーシア産などの野菜の値段もとにかく高い。食料を作らない国は、足元を見られるのです。そうならないように、自国の農業を守ることは、絶対に必要だと強く思いました。
――日本農業新聞を読んで驚いたことはありますか。
読む所が多いですね。野菜相場は「まだもちあいか~」などと今後の店頭価格を予想して楽しんでます。インボイス対応は農家の方も大変なんだと知ったり。ネタの宝庫です。――物語の今後が楽しみです。読者へ一言お願いします。
これから桐子と雪菜の2人が、団地という新しい世界へ飛び込んでいきます。次は何が起きるかと毎日わくわくする展開を、一色真由美さんのすてきなイラストと一緒にお楽しみください。(聞き手・堀越智子)
1970年神奈川県生まれ。2007年「はじまらないティータイム」で第31回すばる文学賞受賞。節約と人生をからめた実用書的小説「三千円の使いかた」(中央公論新社)や「ランチ酒」(祥伝社文庫)、「古本食堂」(角川春樹事務所)など食にまつわる著書が人気。
『一橋桐子(79)の相談日記』
あらすじ
コンサルを手掛ける会社社長・久遠(くどう)の元に、老朽化した団地の再生依頼が舞い込んだ。都心から電車で40分、300人が暮らす住民の多くは70代と高齢化が進み、壁には落書き、住民同士のあいさつもなくすさんだ雰囲気。
一方、久遠の会社で働く一橋桐子は、親友の雪菜が海外留学から戻り再会を喜んでいた。しかし雪菜は両親の離婚や新型コロナの影響で、住む家がなくなり勉学も続けられず……。
果たして団地は再生できるのか、桐子たちの挑戦が始まる。
■直筆サイン本をプレゼント■
一橋桐子シリーズ1作目で、10万部超えのベストセラー「一橋桐子(76)の犯罪日記」(徳間文庫)の文庫本を読者30人にプレゼントします。著者の原田ひ香さん直筆のサインとメッセージ入りです。
友人が亡くなり、頼れる身内もいない桐子。先行き不安が強くなる中、刑務所なら人様に迷惑をかけずに暮らせると考え始め……。NHKで昨年、女優の松坂慶子さん主演でドラマ化され話題となりました。今回の「相談日記」は、この続編となります。
本プレゼントの希望者は、このページか、連載中の「相談日記」の感想と、郵便番号、住所、氏名、年齢、電話番号を書き、はがきで〒110―8722 日本農業新聞「一橋桐子の本」係へ。1月20日の消印有効です。